Historia de La Zarzuela

​サルスエラの歴史

サルスエラは、サルスエラ宮殿で上演されていたので、サルスエラと呼ばれるようになりました。サルスエラ宮殿の名称の由来は、宮殿の周りにサルサという植物(木苺、ブラックベリーの花)がたくさん茂っていたからとも言われています。サルスエラ宮殿は、1625年にフェリペ4世の兄弟フェルナンド・デ・アウストリアが、狩りの際、休息するために建てられた小さな宮殿でした。

文・資料:桜田ゆみ Yumi Sakurada

Calle Vailén

◆17世紀1657〜1658年頃に、作家カルデロンによって書かれた作品が、このジャンルの始まりです。

「人魚の入り江」は、フェリペ・プロスペロ王子が誕生したお祝いで、「アポロの月桂樹」は、サルスエラ宮殿に隣接された小さな劇場で上演するためにつくられました。国王となったフェリペ4世は演劇や音楽を好み、度々王家のお祝いの席でサルスエラを楽しみました。上演されるものは、ほとんどが作家カルデロンによって書かれた神話で、歌はなく、芝居のみでしたが、そのうち優しい牧歌的な歌が加わり、歌とセリフで構成されるようになりました。

というのも、この時期から諸外国ではオペラコミックのように、歌やセリフが入る形が主流になり、スペインもその影響を受け、国王の希望もあり、オペラ・ブッファやジングシュピールに似たものや、全部を歌うオペラのようなものが作られたのです。こうして、サルスエラは王族のお祭りごとにおいて非常に重要な意味を持ち、18世紀初期までは、宮中だけで上演されていました。

 

◇ カルデロン台本「人魚の入り江」Calderón:El golfo de las sirenas 

         「アポロの月桂樹」Calderón:El Laurel de Apolo   

          「紫の薔薇」「魔女のいる沖」Calderón:La púrpura de la rosa

サルスエラ宮殿

17世紀のサルスエラ宮殿

Palacio de La Zarzuela en el siglo XVII  La Zarzuela, grabado de Louis Meunier (1665)

◆18世紀に入ると、多くの若い台本作家が現れ、サルスエラに新しい風が吹きます。内容も神話からスペインの物語になり、マドリッド各地の劇場で上演され、少しずつ民間に広まっていきました。マドリッドの大衆演劇、コミカルなサルスエラの誕生です。こうして、サルスエラというジャンルの社会的意義も変わり、人気も出始めたのですが、これがイタリアのオペラ・ブッファと同じ位置づけになり、両者はライバル関係になるのです。さらに民族色の強い、トナディージャ・エッシェ二カというジャンルの需要も高くなり、サルスエラは落ち目となってしまいます。国の伝統芸能存続の危機にあると知った国王が、政治的な対応をしたにもかかわらず、サルスエラはこれよりおよそ50年間も上演されない、という非常事態に陥ってしまうのでした。

◇デ・イタ作曲 クルス台本「バリュカスの麦刈り女たち」「ムルシアの農婦たち」

◇ロザレス作曲 クルス台本「法律家ファルファーリア」

◇エステーベ作曲 クルス台本「アランフェスの園丁」

◇ パラミノ作曲 クルス台本「宿の女主人」など

サルスエラ宮殿・劇場
フェリペ4世

左:18世紀のサルスエラ宮殿とサルスエラ劇場 右:フェリペ4世(1621-1665)(ベラスケス画)

Palacio de La Zarzuela y Teatro de La Zarzuela en el siglo XVⅢ     Felipe Ⅳ retratado por Velázquez

◆19世紀中頃、転機が訪れます。1830年からは君主制の再生と、マリア・クリスティーナ音楽学校の開設、新しいサルスエラ・シリーズの制作によって、サルスエラが復活しました。自国の歌を愛する人々から声があがり、サルスエラを復興させる音楽家たちの協会が、民間で立ち上がりました。他のどこにもない自分たちの歌や歌集を大切にする心は、しっかりと残っていたのです。相変わらず、イタリアオペラやフランスオペラ、トナディージャ・エッシェ二カは残っており、サルスエラは“貧しい劇場”というあだ名で呼ばれていましたが、この1830〜1840年の10年間で、ゆっくりと新しい形式をつくろうとする動きがありました。新作サルスエラの作曲や台本の形式が定まり、1856年にはサルスエラ劇場も新設されました。若者向けの言葉や会話が取り入れられ、ヘネロ・チーコと呼ばれる1幕もののサルスエラが誕生します。これは日常を描いた気軽に楽しめる作品がほとんどで、上質なイタリアオペラとは全く対比にならなかったことが幸いし、人気が沸騰しました。

 ヘネロ・チーコは1867年に、マドリッドの小さな劇場で初めて上演されました。スペイン国民は皆、スペイン情緒溢れる自国のメロディのボレロ、ホタ、セギディージャ、ソレア、ファンダンゴ、ハバネラ、ワルツ、マズルカ、ポルカ、そしてチョティスに舞い上がり、サルスエラを愛し、作曲家たちを賞賛しました。スペインの歌は人々を元気づけ、その人気はとどまることを知らず、貴族たちのサロンで発表されるようになりました。スペインらしいユーモアがたくさんちりばめられていたのも、愛される理由のひとつだったのでしょう。一方サルスエラ・グランデは、歴史的なドラマにしたいのかコミックにしたいのか混同してしまい、伸び悩みました。

 この19世紀に、サルスエラを復興させるために立ち上がった音楽協会が、新作サルスエラの制作にあたって定めた、幾つかの形式をご紹介しましょう。

・ 新しいサルスエラは2幕で、原語はカスティジャーノ(スペイン標準語)、歌とセリフが入ること。

・ 2つの幕に分け、最初と間に印象的な序曲をいれること。(ほどんどが1幕ものになった)

・ 曲は5曲に限る。

・ 登場人物は、スペイン演劇に出て来るような、より伝統的なスペイン人であること。

・ 演目に似合う声と、テクニックに優れた名人歌手の歌で始めること。

・ 最初に登場する歌手の音域は非常に重要で、バリトンかバスに限る。

・ ベルカントの細く軽い声のソプラノを起用すること。(リリコ・レッジェーロの意)

・ ロマンサ(アリア)は、イタリアオペラの作曲家ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニが書いたものに匹敵する優れた曲であること。

 

 ほかにもありますが、このような形式で作られたサルスエラが、今も本国で頻繁に上演されている以下の作品です。ほとんどがコメディで、スペインの明るく楽しい日常が想像できる、印象的な序曲で始まります。

 

◇チュエカ作曲「大通り」「水、カルメラ、焼酎」Chueca&Varverde:La Gran vía,

                                                                                         Agua, azucarillos y aguardiente

◇ ブレトン作曲「パロマの前夜祭」Tomás Bretón:La Verbena de la Paloma

◇チャピ作曲「人騒がせな女」Ruperto Chapi:La Revoltosa

◇ ヒメネス作曲「ルイス・アロンソの結婚」Gerónimo Giménez:La Boda de Luis Alonso

◇ バルビエリ作曲「ラバピエスの理髪師」Francisco Asenjo Barbieri:El Barberillo de Lavapiés

Teatro de la Zarzuela

左:19世紀に新設されたサルスエラ劇場 Nuevo Teatro de La Zarzuela en el siglo XIX  

右:ヘネロ・チーコが上演されていたアポロ劇場 Teatro Apolo en el siglo XIX

◆20世紀に入った最初の年には、ヘネロ・チーコのような日常を描いた軽い台本から離れ、現代的かつ華麗な作品でヨーロッパから注目を集めました。作風も新しいものに変わり、エッジの聴いた新しい曲は、ドラマチックでセンセーショナル!サルスエラは品格のある正統な音楽だと、国際的にも然るべき位置を与えられました。

 

◇モレノトローバ作曲「ルイサ・フェルナンダ」Federico Moreno Torroba: Luisa Fernanda

◇ゲレーロ作曲「サフランの花」「セビリアの旅客」Jacinto Gerrero:La sosa del azafrán,Huesped del Sevillano

◇ヒメネス作曲「ラ・テンプラニーカ」Gerónimo Giménez:La Tempranica

◇グリーディ作曲「エル・カセリオ」Jesús Guridi:El Caserio

◇ ビーベス作曲「ボエーム」「ドーニャ・フランシスキータ」Amadeo Vives::Doña Francisquita,Bohemios

サルスエラ劇場
サルスエラ劇場

Teatro de la Zarzuela

サルスエラ劇場
サルスエラ劇場

Teatro de la Zarzuela

サルスエラ劇場
サルスエラ劇場

Teatro de la Zarzuela

サルスエラ劇場
サルスエラ劇場

Teatro de la Zarzuela

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20世紀以降、現在のサルスエラ劇場 Teatro de La Zarzuela

◆21世紀に入ると、プラシド・ドミンがCDの再録音を行い、世界中に“故郷の歌”サルスエラを広めました。ドミンゴの両親はサルスエラ歌手。メキシコの劇場の専属歌手でもあり、夫婦で南米公演の興行も行っていました。ホセ・カレーラスも同様に“故郷の歌”を歌い、伝えています。

日本では日本サルスエラ協会が2001年より初演、全曲上演、および訳詞上演を行うようになりました。

日本サルスエラ協会 スペイン大使館公演

21世紀 日本サルスエラ協会設立  Asociación de la Zarzuela de Japón

駐日スペイン大使館主催「ルイサ・フェルナンダ」 Luisa Fernanda

Embajada de España en Japón en el 2016

La_Verbena_de_la_Paloma①.JPG

日本サルスエラ協会主催「パロマの前夜祭」La Verbena de la Paloma

 MUSICASA en TOKIO en el 2018

Agua, azucarillos y aguardiente.jpeg

日本サルスエラ協会主催 「お水、お菓子とお酒」Agua, azucarillos y aguardiente

 MUSICASA en TOKIO en el 2019(日本初演)

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